たまにはまじめなことでも

http://d.hatena.ne.jp/mkei/20051104#p1
ぼくの仕事だと数年に一度、自社の代表取締役相手にプレゼン(というか業務内容の報告会)が有ればいい方だけど、やっぱり事前準備が中途半端だとあやふやな物の言い回しになって、そこを集中的に突っ込まれます。
逆にその仕事を集中的にやりこんでいて、しかもその結果に自信があるときは突っ込まれませんでしたし、突っ込まれてもちゃんとした返答ができます。当たり前と言えば当たり前のことなんですが。
人によってそれを勉強という人もいるだろうし、ぼくは「勉強」と言う言葉が小中学校時代を思い起こすので「事前準備」と言う言い方しかしませんが、その事前準備次第で結果は自ずと決まってしまいます。当たり前と言えば当たり前の事なんですが、ガキの頃、「練習は本番で成功するためにやるんだろ!」と怒られたのを思い出します。この「練習」というのはそのまんま「事前準備」に置き換える事ができると思います。当たり前の事ながら、この言葉は深いなあと今更ながら思うときも多々あります。
さて、入社以来ずっとやってきた仕事からちょっと離れて別部署に異動して一つプロジェクトをやってきたときには常務級まで相手にして一発やりました(その日はクリスマスイブでプレゼン完璧にやり遂げて、一緒に仕事した外資系会社の日本法人からお歳暮のシャンパン二本も貰って気分良く帰る途中に通勤車のバッテリーが完全に死んで国道のど真ん中で止まったときには死ぬかと思いました)が、数年前に今の部署に異動して「部下の手柄は俺が上げた手柄」という上司になってから常務とか専務とかと顔を合わせる機会もめっきり無くなりました。そういう意味では「仕事のやりがい」が一つ失われた気がします。ほかにも上司に対しては言いたい事がいろいろ有るけど、ま、そんなことこんな所で愚痴ってもしょうがないんですが軽く。
例えば部長級の人はぼくら末端の仕事まで精通していない方が、ぼくら的に色々使いやすいですし、上の方まで末端の顔を知れ渡らせる事に使えるんだと思います。もちろん、精通はしていなくて良いけど大体は知っていてもらわないと困る。下の人間は上の人間に信頼されて課題を与えられて、その課題をこなした上でそれなりの場にそれなりの責任を持って出してもらうことで自信を得て成長していくんだと思っているのですが、そういう場を下々の物から取り上げてしまうと、末端の人間はタダのマシーンと感じてしまうと思うんですけどね。はあ。その辺をぼくは忘れないようにしていきたいと思っています。
しかし自分ながら相変わらずまとまりのない文章だ。ガチガチの理系人間は言いたい事全部詰め込むからダメなんだな。